東京高等裁判所 昭和24年(新を)551号 判決 1950年4月28日
控訴人 被告人 山田暦 外一名
弁護人 鈴木信雄 室伏礼二
検察官 宮崎三郎関与
主文
本件控訴を棄却する。
当審における訴訟費用は被告人山田暦の負担とする。
理由
被告人両名の控訴趣意は末尾添附別紙(弁護人鈴木信雄同室伏礼二共同作成名義の控訴趣意書と題する書面)記載の通りであるがこれに対し当裁判所は左の通り判断する。
控訴趣意書第一点の(一)について。
刑事訴訟規則第百九十三条は検察官に刑罰権の確定を求むるに要する当該公訴犯罪を構成する具体的事実を立証すべき責任あることを規定しているのであるが憲法及び刑事訴訟法は架空な事実を根拠として苟くも無辜の処罰せらるべきことのなきを期するため被告人は自己を犯行者であるとする所謂自己に不利益な自白のみを証拠として有罪とせらるることのない旨の定めをしているのであるから検察官は右立証責任を尽すためには仮令自白が当該公訴に係る犯罪事実の全部を自認し且つその有責違法なことを認めるものであつてもこれが自白についての証拠の外その自白内容の単に架空なものでないことを証すべき証拠を提出しなければならない。而してその架空でないことを証するためには当該公訴犯罪を構成すべき具体的事実全部を証明するの要はないのであつて公訴犯罪の特別構成要件である客観的事実に属する所謂罪体の証明換言すれば犯罪が現実に何者かによつて行われたものであつて単に想像的なものでないと言うことを蓋然的な程度迄証明するものがあれば充分であると謂うことができるのである。蓋し自白は強制拷問又は脅迫による自白等任意にされたものでない疑の存するものでない限り人は真実でないことを敢て自己の不利益に供述する筈のものではなく真実であればこそ自己の不利益に陳述するのであると云う普遍の経験原理に照らし極めて強力な信憑力を持つているのであるこの事は少くとも裁判上の自白が我が国における旧刑事訴訟法下の裁判例或いは外国の立法令によるもこれに別段の所謂補強証拠の必要を要求していないことによつても首肯し得るところであつて刑事訴訟法が必要とする補強証拠も右程度の証拠を以て足るものとするも毫も被告人の保護に欠くるところはないのである。刑事訴訟法第三百一条に「犯罪事実に関する他の証拠」と云うのは右罪体の存在を明らかにする証拠のことを云うているのであつて当該公訴犯罪に関連する一切の事実に関する証拠を意味しているのではない。殊に所論に所謂「行為の目的」の如きは右罪体の意味に照らし必ずしも自白以外の証拠を以て立証すべき限りではない。これを要するに同条は検察官において敢て公訴を提起した以上検察官に先ず自白に関する証拠に先立ち少くとも公訴に係る犯罪が罪体としては客観的に存在しそれが単に架空なものでないことを証明せしめんことを意図したものに外ならない。同条は必ずしも同条に所謂他の証拠調に先立つ自白の提出を以て裁判所に対し被告人に不利益な偏見又は予断を生ぜしむる虞れありとしてこれを禁止したものではない。されば検察官は同条に基き自白の証拠調に先立ち所謂罪体の存在についての提出にその遺憾なきを期すべきではあるがその証明ありとする判断は挙げて裁判所の経験則による自由な判断に任されているのであつて裁判所が合理的に判断して蓋然的な一応の心証を得た限りにおいては自白の証拠提出を許容しこれが証拠調をすることができるのである。而も仮りに裁判所の右判断に不充分なものがあつて自白の証拠調以前における各証拠を以てしては所謂罪体の証明に欠くるものがあつたとしても爾後におけるその他の証拠調べの結果罪体の存在を充分に証明できるものがあるときは即ち右の瑕疵は治癒されるものと解するも自白に所謂補強証拠を要すべき前段説明の趣旨に照らし敢て不当とすべきではない。そこで本件を記録について観るに検察官は原審第一回公判において先ず提出した山田平四郎の司法警察員並びに検事に対する供述調書以下八項目に亘る所論証拠を綜合するときは昭和二十四年一月二十三日衆議院議員選挙の施行されたこと及び静岡県第一区から五島秀次が同議員に立候補したことの原裁判所に顕著な事実に属していたであろうことを考慮すればこれらの証拠が本件公訴犯罪の罪体の証明として必ずしも不充分なものでないことが窺えるから原裁判所は右証拠につき取調をした結果罪体の存在につき蓋然的な一応の心証を得たところから敢て弁護人の異議に拘らず被告人両名の検事に対する所論指摘するが如き供述調書を証拠として受理しその取調を施行したものであることを推認するに難くない。然らばその後検察官及び被告人側において攻撃防禦の方法として如何なる証拠の提出があり且つその取調をしたとしても亦所論所謂「行為の目的」について自白の証拠調以前のその他の証拠調の結果により証明するものがないとしても前後の説明に照らし敢て批議すべき限りではない。論旨は理由がない。
控訴趣意書第一点の(二)について。
然し乍ら記録によれば所論の主張自体によるも所論の所謂任意性については証人青島正太郎同小林虔同田中喜四郎に対する原審における尋問応答の中で既にその取調を遂げているものと謂うべく杉村金太郎の所論供述調書は同人に対する原審の証人尋問における同人の供述内容自体によりその任意性を疑わしむるもののないことを推認し得るに充分であり敢て任意性につき特別の尋問を発するの要なきは事理の当然と謂わねばならない。而して刑事訴訟法第三百二十五条に「供述が任意にされたもの」と言つているのは強制拷問若しくは脅迫又はこれに類する程度の不当な事由によつてされた疑のない供述を謂い原判決挙示の青島正太郎小林虔田中喜四郎に対する検事の供述調書の供述が同人等の任意に出でたものでないとして原審公判廷において右三名が証言として述べた所論の如き事由は毫も任意性を疑わしむるに足る事由と為すに足りない。尚ほ所論は原判決が証拠に採用した右青島正太郎外所論三名の検察官に対する各供述調書は刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号但し書により公判期日前における供述よりも信用すべき特別の事情の存することを確めらるべきであつたのを敢てこれをしなかつた違法があると云う趣旨の主張をしているけれども本件事犯の性質及び原審公判廷における所論各証人の兎角理路を欠く証言に鑑み右各供述調書は右証言により信用すべき特別の事情があるものと謂うことができる。論旨は孰れも理由がない。
控訴趣意書第一点の(三)について。
然し乍ら刑事訴訟法第三百二十八条末段に「証拠とすることができる」と云うのは証拠及び証拠調に関する刑事訴訟法の諸規定の趣旨に照らし「方法としてこれを使用することができる」と云う意味であつて有罪認定の証拠とすることができると云う意味ではないのみならず方法として使用できることについてあらかじめ同条所定の書面又は供述の任意性につき取調を為すべき旨の別段の定めもないのであるからその取調を要すべき旨の論旨は亦これを採用するに由がない。
控訴趣意書第二点について。
所論の要旨は所論の如き証拠に徴し被告人谷下利郎の所為は被告人山田暦の原判示所為を幇助したにすぎないのであるから原審は事実の認定次いでは法令の適用を誤つたものでこの誤りは判決に影響を及ぼすことが明かであると謂うに帰するけれども原判決挙示の証拠を綜合考察するときは成程被告人両名の加工程度に多少の逕庭のあることは認められるけれどもその共同正犯たることを疑うに足りる事由あることを認め得ないその他記録を精査するも原判決に影響を及ぼすべき事実の誤認あるを認めることができない所論は理由がない。
控訴趣意書第三点について。
然れども記録によれば本件事犯の罪質態様等諸般の事情を綜合するときは所論の事由を以てするも原判決の量刑を不当とするを得ないのみならず原判決が衆議院議員選挙法第百三十七条第三項による同条第一項に所謂五年間選挙権及び被選挙権を有せざる旨の規定を適用しないとの宣告をしなかつたことを以て敢て批議すべき限りではない論旨又理由がない。
よつて所論は孰れもその理由がないから刑事訴訟法第三百九十六条に則り本件控訴はこれを棄却すべし当審における訴訟費用は同法第百八十一条第一項により被告人山田暦において負担しなければならない。
よつて主文の通り判決する。
(裁判長判事 小中公毅 判事 細谷啓次郎 判事 河原徳治)
控訴趣意書
控訴理由第一点 原判決は左記各項に述べる如く証拠調手続並採証の法則を誤つた違法があり破棄を免れないと信ずる。
一、公判に於ける証拠調の請求の順序については刑事訴訟規則第一九三条に、検察官はまず事件の審判に必要なすべての証拠の取調を請求しなければならない旨規定するが、右の規則と刑事訴訟法第三〇一条との関係については前者が後者を変更したものと見るのは当らない。何となれば右第三〇一条の規定は、他の証拠の取調に先立ち先ず「自白」の取調を行つてはならない新訴訟法の態度と裁判所に偏見又は予断を生ぜしめる虞ある事項を当初より検察官が提示発表することを禁止する立前の下に「自白」を証拠とすることに極めて愼重を期して居る新刑事訴訟法の基本原則を示して居るものであるからである。
従つて右規則第一九三条に所謂証拠の中には「被告人の自白」に該当するものを含まないのである。
それ故右規則第一九三条の規定に拘らず「被告人の自白」については刑訴第三〇一条により犯罪事実に関する他の証拠が取調べられた後でなければその取調を請求することは出来ない筈である。又刑訴第三〇〇条は、被告人以外の者(第三者)の供述を録取した書面の取調の請求に関する規定であるが、同法第三二〇条、第三二一条第一項第二号後段の規定の趣旨からみて事件につき犯罪事実に関し被告人以外の者を取調べて供述録取書を作成した検察官は、公判廷に於ての犯罪事実の立証に於て被告人の自白に関する書面より以前に先づ之等被告人以外の者又はその供述の取調を請求すべきものと解せられる。処が本件公判に於ける証拠調手続は右刑事訴訟法の規定に違背して居る。
即ち第一回公判調書によれば「検察官は、先ず山田平四郎の検察官に対する供述調書以下八項目の証拠を提出しこの証拠調の後弁護人に於て証人四ノ宮政男外五名(内小林一郎、青島正太郎、杉村金太郎、田中耕作は本件犯罪事実につき共犯関係にあるもの)を証人として取調を請求した。次に検事は書証として一、被告両名の検事に対する供述調書(谷下は第一、二回、山田は第一、二回)の取調を請求した。之に対する弁護人の異議申出に対して検事は被告人側の証人訊問の結果如何によつては反証として次回に饗応を受けた側の調書を提出しますと述べ之に対し更に自白以下の他の証拠の取調が済んでいない段階で自白調書を提出することに付弁護人が異議を申立てたに拘らず原審裁判所は、本件程度の証拠の提出があつた以上自白調書の取調を為してよいとして右検事提出の被告人両名の自白調書を証拠として受理した」ものである。
右証拠調手続に於て、前記山田平四郎の供述外八項目の証拠に続いて直ちに被告人両名の自白調書を証拠として受理した点が違法である理由を更に具体的に述べると、本件被告人等に対する公訴事実は所謂「目的罪」に該当するから其の「犯罪事実」とは客観的事実たる饗応接待の事実並に之を為す故意の外に行為の目的をも指すのであり、而もこの行為の目的如何が犯罪の成否に関係する重大な要件となつているのである。換言すれば本件犯罪事実は行為の目的に依つて定まるのである。故にこの審理に当つては刑訴第三〇一条、第二九六条但書所定の訴訟手続に従う限り、検察官としては被告人等の為した宴会の趣旨、目的に関して立証の必要があり而もこの「行為の目的」の立証に当つては「被告人の自白」以外に先ずこの点に対する他の証拠の取調を請求すべきこととなる。
然るに第一回公判に於て冒頭に検事の提出した前記山田平四郎の供述調書外八項目の証拠(名刺に付ては判示日時に於ける被告人の所為と関係が認めえない)は各その内容により明かな通り之を綜合するも単に一月十一日並に同月十六日に飲食の準備と宴会の事実あることのみを証明しうる証拠たるに止り之等のみにては被告人等の行為の違法性もその主観的違法要素も認めえないのである。
この程度の事実証明の課程に次いで検事は直に被告人等の犯罪の成否を左右すべき唯一の要件たる右宴会の趣旨、目的に関し被告人等の自白調書の取調を請求したのである。
之が違法たるべきは、原審公判第二回以後に於て検事が提出したる現に原判決の事実認定の証拠として引用されている処の一、田中喜四郎、小林虔、青島正太郎、杉村金太郎の検察官に対する各被疑者供述調書が存在して居たに拘らず、之等所謂「犯罪事実に関する他の証拠」に該当する右田中喜四郎等被告人以外の者の供述、供述調書等の取調を後にし之に先立ち被告人等の自白調書を先に取調べる旨の決定を為した原審訴訟手続は刑訴第三〇一条、第二九六条に違反して居り、斯くて自白を先入主として為したことにより本件事実認定に当り被告人等の判示饗応行為の目的につき判断を誤つたと認め得られ判決に影響を及ぼすことが明かであるので控訴理由とする次第である。
二、原判決はその証拠の部「六」に於て、田中喜四郎、小林虔、青島正太郎、杉村金太郎の検察官に対する各被疑者供述調書を証拠として引用している。原審公判調書に依り明かな如く、右各供述調書は検察官の請求により証拠に採用したものであるが検察官の右証拠調の請求に対し、弁護人より右各供述は任意性を欠く旨の異議の申出があつた丈でなく、原審証人右青島、杉村(何れも第二回公判)田中、小林(何れも第四回公判)等の証言中、青島は第二回公判に於て「検察庁で山田が五島に投票してくれる様に云つたと自分が供述したのは取調官から他の者も左様云つてるから左様云つたのに違いないと云はれたので心ならずも述べた」旨供述して居り、小林虔は第四回公判に於て検事の訊問に対し「検事さんは山田暦はこう云つているのではないかと机をたたいて山田暦は五島をたのむと云ふことを云つているのではないかと云はれ、それに静岡へ来て二日目になり気がせいて一刻も早く帰りたいと思つてそうです。そうですと述べたのであります」と述べ(第四回公判調書第二五三丁以下)
右供述者等が本被告事件に関して被疑者として検察官の面前に於て供述した自己並に本件被告人等に不利益な事実の承認を内容とする部分は孰れも任意になされたものでない旨の証言を為したのである。
仍つて原審裁判所としては刑訴第三二五条により右供述調書の各供述が任意にされたものかどうかを調査し且第三二一条第一項第二号但書により前の検察官に対する供述を信用すべき特別の事情を確かめねばならないのに拘らず、本件公判調書を精査するに右供述の任意性の点につき特別に証拠調を行ひ或は証拠調前に検察官よりこの点に関する資料を提出させる等事前の調査を為した事実は認めえられず、従つて原審は調査義務を尽さないで漫然右各供述調書を証拠に援用したと云ひうるから結局原判決は証拠能力の有無が明確でない証拠を証拠に引用している違法があり、之が判決に影響を及ぼすことは明かであるので控訴理由とする次第である。
三、原審第四回公判に於て「検事は証拠書類として一、大字根金平に対する検察事務官作成の第一回供述調書外十七名に対する各供述調書の取調を要求し弁護人は何れも任意性がないから証拠とすることに同意出来ない旨の意見を述べた」(第四回公判調書第二六一丁裏以下)
茲に於て検事は右大字根金平外十七名の各供述調書を刑訴第三二八条により証拠として採用方を請求し、原審裁判所は右各供述調書を同条の証拠として受理したのであるが、右第三二八条により証拠とすることが出来る書面又は供述に於ても、任意性について疑のある自白は除外されるものと解すべきは刑事訴訟法の証拠についての規定の立前より当然である。
まして本件に関し右大字根金平外十七名は孰れも右被告人山田、同谷下等と共犯関係にある被疑者として取調を受け供述したものであるから右各供述調書の記載中供述者各自及び本件被告人等に不利益な事実の承認を内容とする部分の供述については実質的には被告人の自白と同一視すべきものである。仍て各調書夫々につき一々任意に為されたか否かを調査して后第三二八条の証拠として受理すべきか否かを決すべきであるに拘らず、右公判調書をみるに斯る挙に出でず漫然之を受理して居ることは違法たるを免かれない。
而して右各供述調書は何れも本件犯罪事実につき被告人等の為した有利な事実を内容とする供述の証明力を争ふものとして原審裁判所の心証形成に与つていると認め得るから右訴訟手続の法令違背が判決に影警を及ぼすことが明かであるとし控訴理由とする次第である。
控訴理由第二点
原判は法令の適用に誤があり判決に影響を及ぼすことが明かであるので破棄を免かれないと信ずる。
原判決は判示第一、同第二の所為につき被告人両名に対し衆議院議員選挙法第百十二条第一項第一号、刑法第六十条を適用処断した。処が原判決挙示の証拠たる各供述書の内容について精査するに被告人山田暦の検察官に対する被疑者供述調書中同人は判示第一の一月十四日の所為につきその第一回供述で(記録第九七丁以下)「一月四日八百吉で藤枝外七ケ村の民自党の幹部会をした時五島を押そうと決つた。その翌日頃谷下方へ行き、一月七日に志太郡の民自党の出方を同志に報告して一杯呑みながら五島が当選する様に頼みたいから家を貸してくれと頼んだ(中略)一月六日頃谷下から七日の会合を延してくれと云はれたので十一日にしてくれと頼んだ(中略)一月十日三男平四郎に命じて村田方から燒酎三本とつて谷下方に届けさせた。この代金千三百五十円は一月十三、四日頃私から村田に払つた(中略)一月十七日神戸印刷屋に居た時平四郎が酒を持つて行つたが肴がないと云ふのでどうするかと谷下から話があつた。と云つた。そこで平四郎に十七、八人分の料理を支度する様話して鯖代として四百円渡した(中略)十一日の宴会の時に私は六日頃青島正太郎を尋ねて志太郡の幹部会の決定事項を部落の同志に報告したいから十一日晩米二合宛持つて谷下の家に来てくれ、字で二人宛誰か選んで連れて来てくれと頼んだ。その他の者は予め平四郎を使にやつて同趣旨のことを伝へた」旨を、同人は更に判示第二の一月十六日の所為につき同第一〇一丁以下に於て「一月十四日田圃で谷下に会つて、もう一度君の家を貸して貰いたいと頼んだ(中略)十六日朝今夜の宴会費に充てる目的で谷下方に行つて二千円渡し料理一切を支度してくれと頼んだこの宴会は同志の会合として五島の事を頼んだ、自分の金を使つて五島の為に頼んだが他人に頼まれたのではない」旨の供述をして、一月十四日、同月十六日の饗応の何れも被告人山田が自ら発意し自ら他人を呼集め自己の出費を以てその企図実現の為に為したものであり、之につき谷下との関係は単に谷下が同人の家を貸せることにより、右山田を幇助した関係に過ぎないことを表明して居る。更にこの点を明かにするものとして原判決が証拠に引用する被告人谷下利郎の検察官に対する被疑者供述調書中谷下の第一回の供述として(記録第八〇丁裏以下)「山田が五島が公認で出るらしいので村の民自党の人に応援を頼みたいから一月七日私方を貸して呉れと云つた(中略)私は七日に農事の会合があるので其の旨山田に話すと山田はそれでは十一日にしてくれ、その経費は自分が一切持つからと云つて居りましたから私は引受けました。一月十日山田の処から燒酎を届けて来た。十一日頃山田平四郎が私の弟辰己の処へ来た時肴がないからどうしてくれると云ふと父に聞いてみると答へた。十一日午後一時か二時頃平四郎から今晩の肴代と云ふ意味で二千円届けられた(中略)一月十四日田圃で山田からもう一度家を貸して貰いたいと云はれた。十四日午前中自宅で山田より今晩の宴会費にと二千円受取つた(中略)十六日の晩も直接皆に五島を投票して貰い度いと云ふ様な趣旨挨拶をしなかつた」旨を述べ、更に同人(谷下)は第二回供述調書で(記録第九二丁以下)「十二月二十七、八日八百吉からの帰り山田から七日に五島のことで頼みたいから家を貸せと云はれたと思ふ」と述べて居る如く、右谷下は山田の依頼により宴席となる場所を供与して山田を幇助した関係に過ぎず、谷下自身は右饗応事実につき山田と同じ目的を有しては居なかつたのである。
故に谷下の所為は同人自らの饗応目的に基いて為した供与行為とは云ひえないから正犯を以て律すべきではない。
右の外に、谷下が単に山田を幇助した関係にすぎない点を表明して居るものとして、原判決が証拠に引用する前記被告人以外の者の検察官に対する供述調書中、杉村金太郎の第二回供述調書に「十二月二十日頃山田の息子から片山、伊達名義の民自党の会合を八百吉でやるから集合してくれとの通知を受けた(中略)その(註会合の)帰途山田から一月七日頃選挙の事で谷下の家で一杯酒を出したいから外の人を連れて来てくれと云はれた」旨の供述記載があり、青島正太郎の第一回供述調書に「一月九日山田が私方へ来て、長谷川は非公認なので公認の五島を志太郡で押すことになつたその事で村の有志が集ることになつたから十一日晩谷下方へ米二合持つて来てくれ、誰かもう一名誘つて来てくれ、と云はれた」旨の供述記載があり、小林虔の供述調書に「一月十六日谷下方へ赴いた。山田は今度の選挙についてよろしく頼むと挨拶した。間もなく小林円二と二人で別座に下つて谷下に聞いてみた処谷下は今晩の宴会は山田が五島をかついで五島に投票して貰ふ様に開いたといふ趣旨の話をしていた」旨の供述記載があり、
右小林虔の供述中に表はれている小林円二は同人の検察事務官に対する供述調書(原審公判に於て検事が刑訴第三二八条による証拠として提出し受理されているもの)に於て同人(小林円二)の供述として「一月十六日谷下方へ赴いた。皆が集つた時谷下が今晩は食糧増産のことで集つてもらつたが、それと同時に選挙も愈々近付いた。と云つて後は言葉をにごした」旨の供述記載がある。
仍て叙上各供述調書の内容を綜合するに、谷下は判示第一、同第二の所為については主観的にも客観的にも山田を幇助した事実丈けしか見られないのであり、又右各供述調書殊に前記小林円二の供述に徴し、原判決が証拠に引用している田中喜四郎の検察官に対する供述調書中の「一月十六日谷下が、今夜の会合は農事同志会と云ふ名義でするのだが実際は五島が立候補したので五島さんをよろしく頼みます。と云つた」旨の供述記載も之丈を以て敢て右谷下が山田の幇助に止る事実を否定する根拠たりえない関係に在る。
従つて右山田の所為につき犯罪が成立するとしても谷下は叙上の事由から幇助者として刑法六十二条の従犯の関係たるに拘らず、之に対して刑法第六十条の共同正犯として衆議院議員選挙法第百十二条刑法第六十条を適用処断した原判決は法令の適用に誤りがあり、之が判決に影響を及ぼすことは法律上明かであるので控訴申立の理由とする次第である。
控訴理由第三点 原判決は量定が不当であると思料する。
原判決は被告人山田を罰金二万円、被告人谷下を罰金七千円に処した。而して衆議院議員選挙法第一三七条第三項に依る同条第一項に規定する五年間選挙権及被選挙権を有せざる旨の規定を適用しないとの宣告を右判決言渡と同時にしなかつたので被告人両名は原判決の当然の結果として右公民権を停止せられること当然なるのである。
然るに本件犯行の情状及被告人等の経歴、人物等諸般の状況に照し右罰金刑並に之に伴ふ公民権の停止は極めて苛酷と云ふべきである。この事情を個人的に述べると(イ)被告人山田が本件饗応接待を為した事実は、民自党員で志太郡下の幹部たる同人が今次選挙に際してその選挙地区に於ける同党志太郡支部の党議方針を居村稻葉村の同党有志に伝達、連絡徹底さすべく会合を催し、その際土地の慣習と云ひうる処の多人数が集会すれば呑みながら懇談すると云ふ田舎のしきたりにならつて時期も正月匇々であつたので焼酎や簡単な即席料理二三品を以て集会者と共に喫したもので、饗応と云ふも全く通常の夕食を同所で共にする程度に過ぎなかつたもので、之を催した意図は叙上の通りであるが、偶々同党志太郡支部がその地域内より立候補した非公認候補者をば非公認の故に支部として押さず、隣郡の公認候補者を押すべき方針を樹てていた処から、この同党支部の方針を居村党員に伝達するに於ては結局特定の候補者に関することとなつて来る為め形式的に選挙違反を以て律せらるるに至つたものである。
従つて通常の選挙ブローカーの為す違反行為とは全くその本質を異にしている。而もその人柄としては、従来選挙関係の犯罪を犯した事実もなく記録添付の身元調書並原審証人塚本金一の証言内容によつても明かな如く居村稻葉村に於ける有識者で人望あり曽て同村村会議員として村政に尽し、公民として健実穏健な生活を為して来て居る山田被告であるから右の如き悪質ならざる同人の事案に対して罰金二万円の多額且五年間その選挙権及被選挙権を停止する刑を課する如きは誠に苛酷と云ふべきである。依つて右罰金額も同人が容易に納付しうる額に減額の上その選挙権、被選挙権に於ては之を有せざる旨の規定を適用しない宣告を為して従来通り同人が真面目な公民としての活動を続けるに支障なからしむべきである。(ロ)被告人谷下に就ては前記第二点にて述べた通り同人が積極的に本件犯行に関与参加した事実とては全くなく、同人が間数のある広い家屋に住んでいる為め人寄せに適当な集合の場所と目されて部屋の供与方を依頼されて之に応じ同人方で宴席を設けた関係に過ぎないもので全く単純且軽微な幇助の関係に過ぎない。而も同人は記録添付の経歴書、及び前記塚本金一の証言に明かな通り、村内切つての篤農家として知られ農民間に非常な信望があり、現に居村稻葉村の村会議員として村政に寄与しつつあり、原判決の当然の結果として選挙権及び被選挙権を停止されるに及べば右議員の現職を失ふに至り単に同人独りのことに止らず同人の様な篤農有為の少壯議員を農村村政より失ふはその人物識見を認め同人に村政を委ねた多数村民にとつて甚だしい阻誤と損失失望を齋すのでこの点と前記犯情憫諒すべき事実に鑑み原判決は頗る苛酷失当と認められる。仍て原判決の罰金刑を減額の上現職村会議員たる同人に対しては正にその選挙権、被選挙権を停止しない宣告をされるべきが至当と思料し控訴理由と致した次第である。